青山綜合会計事務所シンガポール代表・長縄順一、成田武司の寄稿記事が掲載されました。

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みずほ銀行発行のMizuho Asia Gateway Review 11月号に青山綜合会計事務所シンガポール代表・長縄順一、成田武司の寄稿記事が掲載されました。

「海外子会社の給与負担金、増加する寄付金認定の背景」

~寄付金又は移転価格税制か~

青山綜合会計事務所シンガポール
日本国公認会計士・税理士 長縄順一
日本国税理士 成田武司


Mizuho Asia Gateway Review 11月号

はじめに

日本親会社が海外子会社等の国外関連者に無償で資産の譲渡やサービスを行った場合には、寄付金課税と移転価格税制のいずれの規定が適用されるのでしょうか。今回は最近の税務調査において急増している給与負担金の指摘事項について、事例を交えながら解説していきます。

現在、既に人件費の安い国へ進出している企業は当然ですが、これから進出を考えている企業にとっても事前に対策を講じておくことが必要になると考えられます。


給与負担金とは

給与負担金とは日本親会社が海外子会社に社員を出向させた場合に、日本親会社が従来通り出向者に給与支給する代わりに海外子会社が「自己の負担すべき給与相当額」をいいます。給与負担金については、応益負担を原則としているため、出向者本人へ支払われる給与はどこが負担すべき労務提供かを考えなければなりません。

出向者が海外子会社でのみ労務提供しているのであれば、出向者の給与の全額を海外子会社が給与負担金として負担するのが原則です。例えば、出向者が出向先の海外子会社で100%労務提供をしているときは、原則として出向先の海外子会社はその分の全ての給与負担をしなければならないということになります。ただし、日本親会社が海外子会社との間の給与の差の部分として負担した金額については、両者の給与条件の較差を填補するものとして合理的な金額のみが、日本親会社の損金に算入されることになります(法人税法基本通達9-2-47)。つまり、較差補填のための合理的な金額であれば、日本親会社の負担した金額が日本親会社において損金算入されます。


寄付金課税及び移転価格税制の関係

無償取引の場合には国外関連者への寄付金の規定(措置法66条の4第3項)が適用されます。一方、移転価格税制では、国外関連取引の支払を受ける対価や支払う対価の額が問題にされており、有償取引が前提とされています。なお、有償取引であったとしても、寄付金と認定される場合もあります。

国内子会社に対する一定の寄付金は、一定の限度内で損金算入することができますが、海外子会社に対する寄付金は移転価格税制との整合性を図るため、全額が損金不算入として扱われます。


給与負担金に係る寄付金課税の増加

海外子会社が日本親会社に支払うべき給与負担金の支払がない場合又はその負担金が少ない場合には、寄付金課税又は移転価格税制が適用される可能性があります。その具体例は次のようなものが挙げられます。
  • 日本親会社から海外子会社に社員を出向させている場合で給与負担金の受け入れがない、又はその負担金が少ないケース
  • 海外子会社の事業立ち上げや生産ラインの立ち上げに日本親会社の社員が出張サポートし、現地で管理監督し関与していたが、その役務提供に対する対価の支払が行われていない、又はその支払が少ないケース

この給与負担金が少ないと課税当局から指摘されて、日本親会社が寄付金課税を受けるケースが散見されています。以前より、出向に基づく給与負担金は海外のみならず国内にも多数存在し、従前は否認を受けるケースはほとんどありませんでしたが、課税当局の方針変更が見受けられ、特に海外子会社に社員を出向させているケースについては高い頻度で課税当局のチェックが入っている模様です。このため、今後も課税当局の動向を注意深く見ていく必要があります。


寄付金として否認される背景

日本親会社が出向者に対して給与を支給しているケースが通常ですが、海外子会社が負担すべき給与負担金の額が少ないことにより課税当局から指摘を受けることが多いのが現状です。日本企業の進出が多い東南アジア諸国の給与水準は依然として低いため、給与水準の差額の全額を給与負担金とすれば、海外子会社の経営を圧迫することになり、日本親会社と海外子会社の合意の下で、給与負担金を低く抑えるケースが多いと思われます。

課税当局はこの給与負担金が少ないことに着目し、当初は「移転価格税制の対象となる」と指摘をすることがあります。その後、最終的には寄付金課税として落ち着き、移転価格課税を適用しないという結論とされた事例が最近見受けられます。例えば、無償の役務提供があったとしても、それはその後の製品の輸出を促進するためのサポートだったというような場合には、当然に移転価格税制の範疇に入りますので、無償だからその役務提供に係る人件費は寄付金であるといったような単純な当てはめを行うことは適切でないと考えられます。しかし、最終的に寄付金課税とされる背景には、私見ですが課税当局サイドと納税者サイドの観点から次のように考えられます。

  1. 課税当局サイド

    寄付金課税とすれば、課税当局は相互協議(2国間で租税条約が締結されている場合において、納税者が2国間で話し合って二重課税を排除するよう要請し、対応的調整の規定により調整を求めるという仕組み)や独立企業者間価格の算定が不要で、煩雑な手間を省くことができる。

  2. 納税者サイド

    移転価格税制が適用されるとなると課税当局との調整期間が長期化し、また、移転価格税制の更正期間も6年遡及されるため、法人税の課税処分の除斥期間の5年より、長くなっていることから、納税者サイドも寄付金で処理した方が事務的に簡便であり、納税額も少なくなるケースがある。


リスク軽減のための給与負担金の算定

出向者の給与の全額を海外子会社が負担するのが原則ですが、較差補填のための合理的な金額を日本親会社が負担しているのであれば、日本親会社の損金に算入されることになります。つまり、日本親会社が負担すべき金額は合理的なものでなければならず、海外子会社の成長に合わせて給与負担金の額を引き上げていくことが必要になってきます。給与負担金の変更は現地の給与事情を斟酌した上で、グループ全体の移転価格ポリシーの改訂を随時行い、説明資料を作成しておくことが望まれます。

日本親会社と海外子会社との給与条件の具体的な較差の判断については、給与条件自体が多面的なものであり、それぞれの個別事例毎に決定されるものであるから、一般的な基準として示すことは困難であるものの、実際の運用に当たっては次の事項を考慮し、総合的に判断する必要があると考えられます。

  • 海外子会社における職責別の給与水準
  • 出向者が有する特別な能力又は技術
  • 給与較差の算出に関する具体的な数値例
  • 検討結果の証拠化
  • 出向契約における給与負担金の範囲の明確化と目的の記載

おわりに

近年、東南アジアを中心に日本企業の海外進出が相次いでおり、今後も課税当局による厳しい視点から調査を行ってくることが予想されます。特に日本親会社と海外関係会社との取引については、本稿記載の給与負担金以外にも、以前は課税当局より指摘されなかったような事項についても指摘される事例が増加しており、対象も大企業のみではなく中堅・中小企業にも広がっています。

海外関係会社との取引について、リスクとリターンが見合っていない取引や、リスクとリターンが見合っていたとしてもそれを内部記録や契約書等に整理していない場合、寄付金課税又は移転価格税制の対象として予期せぬ課税を受ける可能性があります。このような事態を避けるため海外関係会社との取引は継続的に確認していくことが望まれます。


<参考文献>
中里実他編著『移転価格のフロンティア』(有斐閣、2011年)
藤森康一郎『実務ガイダンス 移転価格税制(第2版)』(中央経済社、2010年)

長縄 順一

Aoyama Sogo Accounting Office Singapore Pte. Ltd.
日本国公認会計士・税理士

慶應義塾大学経済学部卒。1998年監査法人トーマツに入所し、監査業務、株式公開支援業務に従事した後、2001 年より青山綜合会計事務所に入所。数多くのファンド組成・管理、クロスボーダー取引へのアドバイザリー業務に携わる。その後、同社にて海事グループ及びグローバル・アドバイザリーグループを統括し、2012 年より青山綜合会計事務所シンガポールオフィスの代表としてシンガポールにて日系企業の海外進出支援業務を担当。


成田 武司

Aoyama Sogo Accounting Office Singapore Pte. Ltd.
日本国税理士

明治大学経営学部卒。2005年より会計事務所にて、幅広い業種の事業会社の会計税務業務に従事した後、2011年より青山綜合会計事務所に入所。金融債権・不動産などのストラクチャードファイナンス業務に携わる。その後、2013年より青山綜合会計事務所シンガポールオフィスにて日系企業の海外進出支援業務を担当。